あおいろ自由帳

ライター / ヨガ教師 中村亜津美(あずみ)

★クリパルヨガ教師達によるリレー動画★

 

 

みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

 

歴代のクリパルヨガ ティーチャーの中から、総勢20名が、それぞれのオフザマット&オンザマットを表現して、リレーで繋いでいます。(ヨガとは生き方そのもの、マットの外にいる個々の日常もヨガです)

 

 

クリパルティーチャー7期の今福多恵さんプロデュースによる企画です。まさに #stayhome #stayhealthy で、全員が一度も会うことなく制作されました。

 

 

 

私はpart1の方に出ております。是非2本ともご覧くださいませ。

 

https://youtu.be/-8SE1bd0RYo

 

https://youtu.be/4Wm9Q6yvL-E

 

Jai Bhagwan.🙏🏻

 

それぞれの内にある神聖なるものに敬意を表して

 

 

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間も無く生後4ヶ月 未曾有の事態にも、赤ちゃんは微笑み続ける

 

はじまりに、今日の独り言はほんとに独り言だ。いつもに増して独り言。誰かに寄り添える類のものではない。あまりにも、混乱している世の中で、状況も想いも人それぞれだから。

 

 

4月。始まりの季節。(何となくですます調に飽きたので、文体を変えてみたりして。)

以前に何かに書いた記憶があるけど、本来春は苦手。満開の桜は凄みがあるけど、同時に儚すぎて胸がいっぱいになってしまう。よーいどんで足並みを揃え、何かが一斉に始まる雰囲気も、かなり大人になるまでずっと好きじゃなかった。

 

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去年の今頃は、勤務先に相談して仕事の量を調整させてもらい、フリーで受けていた仕事も減らし、かねてより熱望していたクリパルヨガのティーチャートレーニングに通い始めた。まさか1年後に母親になっているなんて、夢にも思っていなかった。今これを書いている私の横には、生後120日目の元気な男の子がいて、見つけたばかりの自分の右手を、飽きもせず入念にチェックしている。(#ハンドリガード)

 

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ハンドリガード

 

夢にも思っていなかったことは他にもある。そう、今現在世界中に蔓延している感染症のことだ。国も自治体も個人も、誰も2020年がこうなるとは想定していなかった。準備していなかった、未曾有の事態だ。敵は目に見えない。

 

 

インスタにも書いたけど、春先にはまだこんなことを思ったりしていた。↓

 

12月に生まれた我が子、お宮参りはあたたかい季節まで先送りかな。4月になったら義母と一緒にお参りしよう。その前に、1週間くらい静岡の実家に帰省しよう。かわいい盛りの初孫にメロメロになってくれるだろう。我々夫婦のガラではないけど、写真スタジオに記念写真でも撮りに行こうかな。結構楽しいかも。夏くらいには少し遠出して3人で旅行に行けるかな。(←実は実際に飛行機のチケットも予約してあった。キャンセルしたけど。)

 

両親も義母も70歳を超えているのでハイリスクだ。大切だからこそ今は会えない、ていうか、いつまで会えないのだろう。。。 旅行も当面は無理だろう。

 

でも、そのどれもが、元気でいれさえすればいつかは叶えられるだろう。こうなった今、家族が健康に毎日を過ごせていることが何よりもありがたい。うちは夫の会社がリモートワークを元々推奨していることもあり、働き方はスムーズに切り替えられた。私はそもそも育休中だ。平日も週末も家族が揃っている状態で、0歳児の母としては、夫がいてくれるという事実だけを切り取れば、平和な毎日だ。

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毎朝目が覚めると隣に我が子の寝顔があり、小さな寝息が聞こえ、小さなお腹が上下している。赤ちゃんにしては長い睫毛が、カーテン越しに差し込む朝日に照らされてキラキラしている。反対側では、夫が寝ている。

 

嗚呼、今外の世界で起きていることが、全て悪い夢だったら良いのに。

 

毎朝そう思って胸が苦しくなる。でも、残念ながら夢じゃない、実際に起きていることだ。

 

生後120日を迎えた我が子。

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 最近ではだいぶ首が持ち上がるようになった。目を合わせるとニッコリ笑ってくれる。盛んに喃語を発するようになってきて、気分が乗ると「あーあー」とか「いーいー」とかずーっと喋っている。感染した0歳児が重症化したというニュースが出てからは、家の外に連れ出すのも怖くなってしまったので、最近はベランダで日光浴をさせている。いつもは抱っこ紐だったけど、今日はベビーカーを出した。日よけもあるし、ちょうど良いかも。

 

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コーヒーを持ち出して息子の向かい側に腰掛けた時、午後の陽が肌に暑く感じて、日焼け止めを塗っていないことに気がついた。いつの間にかそんな季節だ。部屋にこもっている間にも、時間は、季節は移ろっていく。生まれて初めて迎える春に、家から出してあげられない。またしても、胸が痛む。

 

それでも、今ある幸せは享受して良いのだと思う。長い人生の中の、2度と巡りこない1日だ。食材もいつも通り買える、だから美味しくご飯を食べる。普段は帰りの遅い夫と夕食を一緒にできることはあまりないが、今は毎日一緒にできたてのご飯を食べられる。食後のお茶もゆっくり飲める。

 

いつか息子に、あなたが生まれて最初に迎えた春はこんなことが起きていた、と話せる日が来るだろう。その時、世の中がどんな風になっているかは分からない。一般常識も、個々の価値観も、かなり今とは違っているかもしれない。きっと元どおりには戻らないような気がしている。私たちは、受け入れたり、学習したりして、前に進むしかない。変わってほしいと強く願うことはきっちり記憶しておいて、選挙で意思表示しよう。

できることなら、優しく温かい未来であってほしい。

 

 

世界に襲いかかっている未曾有の事態。置かれている状況、苦しいこと、気がついたこと、綺麗事では済まされないという憤りや怒り悲しみもあるだろう。人の数だけ、心に思うことは異なって然りだ。

 

だからここに書いたことは、私の覚書で何かの役に立つわけでもない。でももし、同じような毎日を繰り返している、同じような状況の人が目にしてくれたら、少しだけ仲間意識を持ってくれて、ウンウンとうなづいてもらえたらと思う。

 

そして、医療現場や生活必需品に関わる方々には感謝してもしきれない。リモートワークができないお仕事の方々、どうかご安全でありますように。

 

 

 

もう4月も半ばだ。

桜の後は、大好きな新緑の季節がやってくる。

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生後2ヶ月 お産を振り返って思うこと

 

息子を産んでから2ヶ月が経ちました。

 

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出産のことを書き留めておこうと毎日のように思ってはいたものの、あまりにも大切な記憶過ぎて上手く書ける自信がなく、ずるずると2ヶ月経ってしまいました。結局、今も今後も上手く書けることはないと思うので、格好つけず思うままに書き残しておこうと思います。多分長くなります。 

 

ちょろっと破水からの入院

昨年の12月の土曜日、39週と1日目。主人と散歩がてら近所のカフェにランチに行った帰り道でチョロチョロと水が出ているような感覚が。ん?と思い、家について産院に電話すると、破水の可能性があるので念のため入院の準備をして来てくださいと言われ、早速主人と病院へ。

 

産院についてすぐに調べてもらうと、やはり破水しているとのことでそのまま入院になりました。ちなみに高位破水というらしく、少量ずつではあるものの破水には違いないため、感染症リスクを避けるために促進剤で陣痛を早めることに。翌朝から促進剤投与が始まりましたが本陣痛には繋がらず、夕方には投与を終了し夫は帰宅。次の日の朝、医師による診察を終えてから早朝のうちに分娩室に移動し、再び投与を再開しました。その頃に再び夫も登場。

 

あぐらで呼吸法→いきみ逃し

確か8時前から点滴は始めていたと思いますが、張りの間隔が狭まって内側からの圧を強く感じ始めたのが10時過ぎくらい。主人や助産師さんとおしゃべりをしつつ、張りがきたら息をゆっくり吐いて体を緩める、これをひたすら繰り返しました。呼吸を意識的に繰り返すにあたり、私はあぐらの姿勢がとても楽だったので、赤子が産まれるギリギリになって助産師さんに「そろそろ体勢変えましょうか? ^^;」と言われるまで、ひたすらあぐらで呼吸法を繰り返していました。ちなみに、陣痛の波の合間でしっかり残さずお昼ご飯も食べ、助産師さんに「お見事!」と言われました。

 

 

NSTの数値がかなり高くなっても変わらず静かに呼吸法を繰り返していたので、助産師さんに「中村さん、痛みに強い方?」と聞かれたのを覚えています。繰り返し寄せては引く内側からの圧を、あまり「痛み」として受け取っていなかったような気はします。

 

午後1時半とか2時くらいに医師による診察があり、その時点で確か子宮口は7-8cmと言われました。診察が終わりしばらくはあぐらで呼吸法を続けていましたが、前述のように助産師さんに声をかけてもらい自分の判断で体勢をシムス体位に変更。なにしろ、ここからが速かったです。^^

 

段々とおしゃべりする余裕はなくなり、夫に手を握ってもらい、呼吸が滞りそうになるとやはり夫に「はい、ゆっくり吐いて」と声をかけてもらっていました。

 

一呼吸ごとに、その時が近づいている感じ、子供が外に出ようとしている生命力、自然のパワーを感じました。必死だったけど、同時にとても感動していたのを覚えています。内側からの勢いが増してきて「うわぁー、この感覚は今までに経験がないなぁ」とぼんやり思っていましたが、あまり「痛い」とか「苦しい」とかは思いませんでした。そうゆう言葉を口にすることも、泣き叫ぶようなことも最後まで一度もなかったです。

 

 

目を閉じて呼吸とともにいきみを逃し続け、途中からはバタバタと人の出入りがあったり、お産の準備が始まっている感じや医師が分娩室に入ってきた様子が伝わってきました。夫曰く、途中から一気に進行したので、若干準備が間に合ってない感すらあったとか。

 

そして、誕生(^^)

最終的に、「嗚呼、もう赤ちゃんすごい勢いで出ようとしてるなぁ」と感じたところからは体の声に任せていきみはじめました。数回いきんで意識が少し朦朧とする中で、じわじわと自分の目から涙が流れ落ちてることに気がつきました。

 

そして、「赤ちゃん少しつかえちゃっているので、最後仰向けになれますか?」と言われ、体勢を変えてからおそらく2回目くらいのいきみで、「もう産もう、産まれる」と感じ

 

「オギャーーーーーー!!」

 

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目を開けると、髪の毛ボーボーの真っ赤な我が子が持ち上げられているところが見え、その瞬間、

 

「信じられないくらい、かわいい!!」

 

と思いました。

そして、すぐに振り向くと夫が目を真っ赤にして泣いていました。

 

テンションが高い状態のまま、あっという間に胎盤を出したり、後処置やら何やらが終わり、茹でたてのような真っ赤な我が子が私の胸にやってきました。夫と一緒に、「ようこそ、ようこそ」と声をかけたような気がします。

 

 

結果的に、トータル5時間半くらい、産む!となってからは1時間くらいだったと思いますが、初産にしてはかなりスピーディーな安産となりました。

 

 

あれから2ヶ月が経ちました。産後の経過も良好で、元気に過ごしています。息子は母乳ですくすく育ち、すっかりまん丸になりました。よく寝る子です。

 

経験談に惑わされすぎない

振り返って、よく思うことがあります。

それは、出産には正解はない、あるいは、正解は出産の数だけあるということです。だから、まぁ、このブログも含めてですが(^^)、あまり誰かの経験談や指南を信じすぎるのもどうかな、と思います。

 

私はできるだけお産の経験を味わいたいと思っていたし、子供も自分も必要以上に苦しまずにその時間を過ごしたいと思っていました。それには呼吸法が役に立つであろうことは、ヨガの経験からイメージできていたので、ガスケアプローチやソフロロジーの本を読んだり、教室にも行ってみました。自宅では出産のイメトレもしていました。とにかく、お産を怖がらずに、「私が自分で自分の体を使い、意志的に産むのだ」ということは強く思っていました。

 

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本を読んだり呼吸法の話をすると、「そんなのは、いざ産む段階になったら全部飛んでっちゃうよ。それぐらいお産は壮絶なの」といって笑われてしまうことも何度かありました。その度に私は「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」と心の中でつぶやいていました。そして結果的に、全然飛んでいかなかったし、呼吸法のおかげで体を徐々に緩めて子供が出てくる準備ができたし、その感じを最後まで味わうこともできました。痛みや辛さよりも、喜びに圧倒された時間でした。

 

 

それと、助産師さんの存在。自分が子供を産むにあたって、リードしてくれるその道のプロであり、一緒に頑張ってくれる人。自分と子供の命に関わる人。なので、お産が始まる前にできるだけ信頼関係を築いておきたいと思っていました。当日の朝に担当の方が分かるので短い時間でしたけど、分娩室ではできるだけコミュニケーションをとり、リラックスしていられるように積極的に関わるようにしました。(本当に素晴らしい助産師さんでした!)

 

実際に身体を使って産むのは自分

専門家ではないので偉そうなことは言えませんが、「お産に向けての心の準備もお勉強も、何も無駄にはならない」というのが私個人の体験です。もし、痛みが壮絶でせっかく練習したのに呼吸をうまくコントロールできなかったり、急遽医療介入が必要になったとしても、絶対良い形で出産に影響すると思います。精神的な余裕にもつながるかもしれないです。

 

 

妊娠出産に限らず、体で起こっていることに耳を傾けて、自分の体を意思的に使うということは、身体面でも精神面でも健康への近道だと思っています。だからヨガが好きなんです。どこかが悪くなってから対処してくれるのが西洋医学だとして、なるべく悪くならないように体を作るのは自分自身だと思います。

 

 

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ダラダラと、とりとめもなく長くなりました…。

 

 

本当に、お産の経験よかったです。怖くないです。

素晴らしく感動的でした!

(やっぱり上手く書けなかったけど)

 

 

 

 

ではまた。

 

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生後1ヶ月と12日 母の背中スイッチ

 

こんなにも愛おしい存在ができてしまったこと。その切なくて危うくて、どうしようもなく幸せな気持ち。

 

同時に、今は少しも目が離せず、2人きりで長い時間閉じこもっていることの疲れとストレス。きれいごとではなく、そういう感情だって沸く時もある。


そして、

この相反する二つの感情が、自分の中に生まれることの不安や罪悪感。


時々、授乳している最中や、そのあとなかなか寝付かずに泣く我が子をあやしている時、自分も一緒に泣いてしまうのは、


そういった不安定でもやもやしたものが、

我が子の泣き声をきっかけに溢れ出てしまうからかもしれない。


それでも、


夜更けに授乳する私の背中を撫でてくれる夫の手のあたたかさ、3人だけの静かで親密な時間、


目覚めると小さくて丸くてふわふわな頰がすぐ隣にある朝の優しさ、


眠さも、腰や腕や首の痛みも、拠り所のない不安も、全てを包み込む尊い光をいつも感じている。


ホルモンの影響もありつつ、産後すぐの新米母が泣く理由はいろいろだけど、私はそんな感じ。


お母さんには、背中じゃなくてハートの中にスイッチがあるんだよ。


泣いた数だけきっとタフになっていくんだ、あなたを守る強い母になるために。

 

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生後1ヶ月と5日目の雑感

今日で小さい人が生まれてから1ヶ月と5日目。

 

外出の練習も兼ねて、午後の空いている時間に小さな人とスーパーへ。


まだ首も座らない人を抱っこ紐に抱き入れて、その小さな頭頂あたりに小声でであれこれ話しかけながら野菜や魚をカゴに入れる。


帰り道でふと自分が書いたブログ、というかそこに引用した川上未映子さんのエッセイを思い出して少しだけ涙がこぼれた。(前回のブログ)


生まれてまだ1ヶ月のあなたはもちろん今日のことなんて覚えてないでしょう。

 


ただ、2人でスーパーに行っただけの日。


でも私は覚えていたいと思ったのです。買い物帰りに一緒に浴びた冬の西陽のこと、冷たい風があなたにあたらないように、ぐっと小さなフードを目深に下ろしてあげたことを。

 

 

なかなかまとまった文章を書く時間が取れないから、しばらくは思いつくまま、こんな感じでその時々の気持ちを記録していこうと思います。インスタとあまり変わりばえしないけど…。

 

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妊娠37週目: 臨月に、44歳になりました。

 

本日、無事に?44歳になりました。

 

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今日は特に書きたいテーマがあるわけでもないので、誕生日記念につらつらとやりたいと思います。(^^)

 

前にもブログに書いたように、己が若い時分にも若いということがめんどくさかった私ですので、今まで歳を重ねることには抵抗を感じたことはありません。

ナチュラルエイジングケアに熱心なのは、若く見せたいっていうよりは、単にいくつになっても小綺麗でいたいなぁという女ゴゴロだったり、不自然な食べ物やら化粧品で病気やら体の老化劣化のリスクを高めたくないという観点からのことでございます。

そんな私が人生で初めて年齢を気にしまくった日々、それが今年の春から初夏にかけて。そう、妊娠発覚から安定期に入るまでの日々です。

今となっては、あの頃の私と同じように不安な日々を過ごす高齢妊婦さんの目に少しでも留まって欲しいという気持ちで、#超高齢妊婦 タグをSNSにもばんばんぶっこんでいますけど、あの時期は本当に、年齢に起因する妊娠出産のリスクに囚われて、今より1歳でも若かったらとか、子供が成人の時自分は何歳だとか、そんなことばかり考えて、鬱々としていました。(詳しくはこちらに


それからほんの数ヶ月ではありますが、中の人と一心同体で過ごし、夫と共に初めての妊娠生活に目を白黒させたり、時には泣いたり笑ったりしながらやりくりし、お腹に話しかけたりディアンジェロやらコモンやら、たまにウータンも聴かせたりして、そして今日、臨月にして44歳を迎えました。

結果的に、お産はこれから、つまり仕事の大部分はこれからですが、ここまで特にトラブルもなく順調にやってまいりました。


あ、妊娠糖尿病の検査の数値がわずかに1上回り(2時間後の測定で)、一瞬、なんでだ!っとイラっとしてしまいましたが(食事、結構気をつけてる方だという自負があったので^^;)、その後、病院から借りた測定器で数日測ってみて、血糖が下がりにくいパターンの食事と行動がすぐに分かり、以降ほぼコントロールできたので内科的にも経過観察となりました。

 

 

 

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血糖値を気にする、測定する、というのは初めての経験でしたが、とても興味深かったし、その時期、一気に3冊くらい血糖関係の本も読みまくって、結果的にとても勉強になって良かったです。将来のことを考えても糖尿病にならない生活を知っておくことはとても大事なので。←この件に関しては改めていつか書きたいと思います


話を戻して、44歳。人生折り返しであり、新しい命を身ごもっている、節目のタイミングでもあります。

実は、妊娠出産とは関係ない試練も個人的にふりかかっていて、そのことを考えだすと、昼間一人で家にいる時なんかは不安感に苛まれることもあります。だけど、そのたびに、お腹の人がムクムクと動きだすから、いつも泣きながら笑ってしまうのです。そうだよねぇ、まずはあなたと力を合わせて、出産をするのだよ、私。泣いてる場合ではなかった…。


人生はコントロールできないことの方が断然多いです。向かってくる波を受け入れて、だけど、その経験にどんな意味を持たせるのかは自分自身の仕事なんだと思う。


中の人、まだ出てきてもいないのに既に私に強さを与えてくれてありがとう。お母さんもお父さんも、おじいちゃんおばあちゃんたちも待ってるよ。お母さんやお父さんのお友達も応援してくれてるよ一心同体のこの時間が名残惜しい気もするけど、一緒に頑張ろう。お父さんも、テニスボールやうちわを準備して、一緒に頑張ってくれるって。笑


最後に、
川上未映子さんのエッセイ集から抜粋します。下記は、ちょうど昨晩お風呂で読んでいた部分。

(まあやっぱり、こうゆうの泣けてしまいます。)


朝。抱っこしたままでわたしの背中のほうにあるカーテンをあけて、空をみせてやる。

オニ(赤ちゃんのニックネーム)の顔がぱあっと明るくなって、笑顔になって、目がどこまでも大きくなって、つやつやと濡れて、光っている。

(中略)

オニは、自分がこんなふうにして空をみていたこと、なにかを感じていたこと、泣いたこと、笑ったこと、おっぱいを飲んでいたこと、私に抱かれていたこと、あべちゃんに抱かれていたこと、こんな毎日があったこと、瞬間があったことを、なにひとつ覚えてはいないだろう。なんにも、思い出せないだろう。でも、それでぜんぜんかまわないと思った。なぜならば、この毎日を、時間を、瞬間を、オニが空をみつめてこのような顔をしていたことを、わたしがぜんぶ覚えているからだった。そしておなじように、かつて赤んぼうだったわたしも、おそらくはこのようにして空をみていたときがあったのだ。空をみていたわたしの目を、いまのわたしとおなじように、みつめていた目があったのだ。

川上未映子 (2017)『きみは赤ちゃん』文藝春秋




ママへ
私を生んで、育ててくれてありがとう。


 

 

 

 

 



夫の誕生日もあったので、先週末は家でゆっくりランチしたり、夜は美味しいものを食べに行ったり、

 

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今週は連日友人に会えたり、産休ならではのゆったりした時間を過ごせています。明日から38週に突入です。

 

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妊娠35週目 「人生の縮図、あるいは社会の縮図」


私が出産を予定しているのは、様々な診療科を含む大きな総合病院の産科です。(超高齢出産のため、ハイリスク妊娠対応の産科でなくてはなりませぬ)なので、総合受付や総合待合、カフェスペース、売店は老若男女で毎日ごった返しています。

 

 

健診の日は、毎回少し早めに着くように行き、天気の良い日はお庭のベンチで一休みしたり、病院内のカフェでカフェインレスのソイラテを飲んだりしてから産科に向かいます。

 

当然このカフェにも、通院している患者さんやご家族、入院中の方など、本当にいろいろな方が来ます。今朝も早めについて一休みしていると、おそらく60代後半〜70代のご夫婦がとなりのテーブルに向かい合わせに座っていました。


旦那様

「今日はこの後上(の階)に行くの?」

 

奥様

「そうです。先週やった検査の結果を聞いて、お薬を出してもらいますよ」


旦那様

「検査はいつするの?」


奥様

「先週やったじゃないですか」


旦那様

「え?そうだったかな?忘れちゃったよ」

 


このやり取りが、延々と繰り返されます。

 

5回目くらいの「今日はこの後上(の階)に行くの?」で、奥様はお返事をしなくなりました。ご主人もしばらくだまるのですが、数分経つとまた同じ質問をします。


何回かスルーしてしばらくした後、奥様が小さなため息をついてから、また同じ会話を再開していました。


今日のこのお二人の状況が当てはまるかは分かりませんが、これくらいの段階だとご主人自身も混乱の最中だったりするかもしれません。急に時系列がわからなくなったり、今自分が何をしているかわからない、ということには気づいていたり。自分はおかしくなってしまったかも?という、本人的にも辛い段階が必ずあります。

 

我が家の身内にも起きたことで、見慣れた、聞き慣れた光景だったので、しばらくぼんやりと聞き入ってしまいました。

 


そうこうしていると、自分の予約時間が近づいてきたので産科のフロアへ。

 


産科は小児保健科と同じ待合のため、毎回1か月健診の赤ちゃんと親御さんも次々にやってきます。

 


病院のコットに寝かせられた本当に小さな小さな赤ちゃん。泣く声もふにふにといった感じでなんだか虫みたい。かわいくてついつい見入ってしまいます。

 

斜め前の長椅子に、赤ちゃんとママ、おばあちゃま、上のお子さん(幼稚園生くらいの女の子)の4人連れがいました。やはり赤ちゃんは小さくてふにふにと泣いています。ママやおばあちゃまはもちろん、近くにいる人みんなが赤ちゃんに夢中で見とれています。

 


そんな中、赤ちゃんのお姉ちゃまである女の子、終始大きな声で歌いながら待合スペースを走り回ったりスキップしたり、どんなにママが「静かにして」と言ってもやめません…。

 


女の子はママの注意を自分に引きつけておきたくて必死です。その姿がなんとも意地らしく、切なくて、私はなんだか気づかぬうちに涙が出てしまいました。

 


ただ、声のトーンや走るスピードが次第にエスカレートしていき、ママとおばあちゃまの両方が最終的にはピシャリと叱り、女の子はママの胸に抱きついてわんわんと泣いていました。


ママは彼女を膝に乗せて、しっかりと抱きしめていました。お母さんですもの、上の子の状況だってそりゃ全部分かっていますよね…。


一方で、お姉ちゃんになったこの女の子は、自分に沸き起こっている感情がなんなのか、まだ頭では理解できていないことでしょう。でも、今までと何かが決定的に違うことには気がついていて、とても不安で焦っているんだと思います。健気ですね。

 

 

 

今日の出来事。

何かオチがあるわけではありません。

ここに出てきた人、誰一人として悪くないですよね。みんな、自分の今を精一杯生きている。

 

 

病院って、なんだか人生や社会の縮図のように感じることがあります。

 

今日はそんな終わり方です。

 

35週目

いよいよ今週末からは臨月です。

 

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